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和歌山地方裁判所 昭和30年(ワ)251号 判決

主文

被告は原告に対し金二十万円及びこれに対する昭和三十年九月十八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払はなければならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

(省略)

理由

原告はその主張の日(注、昭和二十四年四月)に被告と婚姻の予約をなし、同日からその主張の新居で同棲し夫婦共稼ぎで各種ロープ製造の家業に従事し、昭和三十年一月三十一日迄の満五年十ケ月位の間被告と夫婦生活を続けて来たが、同年二月一日から、別居していることは被告の自白するところである。

そして原告本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認める甲第一、二号証、当裁判所が真正に成立したものと認める甲第三号証(家庭裁判所調査官補作成の調査報告書)に、証人山下繁太郎、同佐々木熊男、同広原シズ、同石川勝美及び原告本人尋問の、各供述を綜合すると、次のような事実を認定することができる。

被告は原告と同棲後半年位迄の間は原告と普通に平穏な家庭生活を営んでいたが、半歳を過ぎた頃から料理店や飲食店等に足繁く出入りするようになり、やがて其処で働いているいかがはしい多くの職業女と懇意となり、しまいにはこれ等の女と次から次へと醜関係を結び、それがもとでだんだん夫婦生活が円満を欠くようになつて、原告に対する態度も荒々しくなり、ついには原告をまるで人間扱いせず、一寸したことでも立腹して原告を手で殴つたり、ときには土足で足蹴りにさえするような暴行を加え、又原告の婚姻届出の要求を、理不尽にも激しく憤り、手で原告の耳の辺を強打したり、足で顔面を蹴上げたり、又胸倉を掴んで押倒したりしたこともあつて、昭和二十六年二月頃と同年九月頃には原告はとうとう我慢しきれないで医師の診療を受けなければならないほどの暴行を受けたことさえあつた。

これに対し、原告は被告から右に述べたような暴行を加えられたにも拘らず、被告を終生を共にしなければならない夫であるから、被告がなるだけ世間から悪しざまに言はれないようにと念願して、医師から診療を受けた前示二回の外は、極力被告から暴行を受けたことを秘密にし、他人に負傷の原因を尋ねられることがあつても、自分の過失によつて怪我した旨言明して被告をかばい、被告と共に、連日朝八時過頃から午後五時近くまで家業のロープ製造に従事し、そのため収入も漸次増加して利益を得るようになり、その利益金で冒頭に認定の新居買受の代金を追い追い返還して遂にこれを完済しただけではなく、更に居宅の直ぐ前の宅地二十五坪をも買求めることができるまでに至つた。

しかるに昭和三十年一月三十一日になつて、被告は突然原告に対し「家を四十三万五千円で売つたが、自分にはそれ以上の借金がある、それで明日からお前を養うことができない、実家へ帰れ」と申向け、原告の「家を誰に売つたか」との問にも答えず、「明日買主にこの家を明渡さなければならないから、今晩中に嫁入荷物を引取つて実家へ帰れ、又良い所があれば嫁に行つてもよい」等と放言し、原告が、「自分が嫁に来た以上どんな辛抱しても実家に帰らない」と拒絶すると、被告は自ら原告の実家に赴き、原告の老父に対し、原告に告げたと同様なことを申向けて原告の引取り方を強要し、被告に一言の相談もなく売払つた前示宅地建物の売却代金を持参して他の女の許へ走り原告を離別したまま今日に至つている。

右認定を左右するに足る証拠は何にもない。

そうすると、原告をして被告との婚姻予約の継続を断念するに至らしめたものは、被告の原告に対する数々の暴行と、勝手に住居を売払い、その代金を全部一人で持参して他の女の許へ走り原告をして被告と同棲することを不可能にするよう仕向けた被告の仕打に因ることが明かであるから、これがため被告が原告に加えた身心の苦痛の損害に対し賠償をしなければならない義務あることは謂うをまたない。

よつてその賠償額について考えると、以上認定の事実に弁論の全趣旨及び証人山下繁太郎、同石川勝美、同佐々木熊男及び原告本人の、各供述によつて認めうる。原告の父、兄等は舟大工で、家屋敷等相当の資産もあり、附近で中流の生活を営んでいること、又原告が箕島高等家政女学校を卒業し、被告とは初婚であつたこと、他方被告も原告と離別当時前示建物や宅地及び製繩用の機械等少くとも時価数十万円以上を有し中流の生活を営んでいたこと、等を彼此併せ考えると、被告が原告に賠償すべき額は少くとも金二十万円以上であると思料される。

よつて被告に対し主文の裁判を求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、民事訴訟法第八十九条、第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 亀井左取)

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